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十河歴史マップ


獅子王神社

1.獅子王(ししおう)神社
 

小村田之助の墓

2.小村田之助(おもれたのすけ)の墓

川西神社

3.川西神社
  

藤の森神社

4.藤の森神社

住吉神社

5.住吉神社

本宮神社

6.本宮(もとみや)神社

旧南海道

7.旧南海道

吉田神社

8.吉田神社

吉田神社内熊野神社

9.吉田神社内熊野神社

高松の名木クロガネモチ

10.高松の名木クロガネモチ

いぼ石地蔵

11.いぼ石地蔵

明神社

12.明(みょう)神社

荒神社

13.荒(こう)神社

西尾天神社

14.西尾天(にしおてん)神社

おばけ燈籠

15.おばけ燈籠

鰹宇神社

16.鰹宇(かつう)神社

椙尾神社

17.椙尾(すぎお)神社

孝女以呂の墓

18.孝女以呂(こうじょいろ)の墓

十河氏の墓所

19.十河氏の墓所
  

十河城跡称念寺

20.十河城跡称念寺(しょうねんじ)

山田神社

21.山田神社
  

天満神社

22.天満神社

熊野神社

23.熊野神社

弥吉金毘羅社

24.弥吉(やきち)金毘羅社


 


真宗興正派法光寺

1.真宗興正派法光寺(ほうこうじ)

小村町にあって、説教所として知られていた。昭和22年新宗教法人として寺号を称す。本尊は阿弥陀如来である。


真宗興正派法城寺

2.真宗興正派法城寺(ほうじょうじ)

旧吉田橋西にあり、吉田の庵寺として知られていた。昭和21年6月北海道上川郡下川村で松清山円光寺を開基した宇川円澄が帰県して、昭和22年6月12日中興法城寺を開基し寺号とした。


真宗興正派光清寺

3.真宗興正派光清寺(こうせいじ)

本願寺第八代蓮如上人の教えを受けた善良が、文明2年(1470)阿波穴吹に一宇を建立したのが草創である。後に山田郡下林村に移居、しばらくして現地に移る。
現在の本堂は、天保15年(1844)第七世智海が建立したものである。鐘楼は大正10年に建立。二層部分に「一切経」を納める経蔵をそなえた珍しい構造である。
高松松平家には、幕末、高松藩朝敵騒動の際、本山興正寺本寂上人のもと光清寺住職も尽力した記録が伝わっている。
開基以来500年余り、十川に移転以来350年の歴史を誇る。


真宗大谷派朔方寺

4.真宗大谷派朔方寺(さくほうじ)

約470年前天文年間に信州から天台の僧定讃が十河城下に移り、天正3年(1575)沙門智源が堂宇を建立して、定讃所持の仏像を本尊とした。城主となった十河存保は、現在の高松市上林町に禅宗東光寺を建立して菩提の寺とした。
一方東光寺は藩主に招かれて高松城下に移転した。後に東光寺の一堂宇を存保ゆかりの檀原に移して、智源の寺と合わせ東光山朔方寺と称し、本願寺末寺となった。東光寺跡出土の古瓦と、朔方寺本堂下から出てきた瓦が、布目十六菊紋軒瓦でまったく同じものだった。松平家からは独礼の寺として優遇された。独礼とは藩主に単独で会見できる資格のことで讃岐の国に六ヶ寺しかなかった。